愛のベツレヘム会 知る 私たちの目標

愛のベツレヘム修道会とは何か――宗教・神・愛という枠組みの中で現代に生きる修道会の使命と理念

2026年5月1日

ベツレヘム修道会 公式声明

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【本会の位置づけについて】
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本声明を読まれる前に、IHSベツレヘム修道会の法的・組織的位置づけを
明確にお伝えします。

本会は、教会芸術・典礼文化・宗教的哲学をテーマとした
「創作・文化活動団体」です。
バチカン(ローマ教皇庁)をはじめ、いかなる既存宗教組織にも
公認・承認されていない民間の独立した団体であり、
日本国内において宗教法人格を持ちません。

以下に述べる「宗教」「信仰」「神」への言及は、
本会の創作活動を貫く精神的・哲学的・美学的な枠組みとして
ご理解ください。これらは、本会が信者向けの宗教的サービスを
提供する団体であることを意味するものではありません。

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はじめに
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IHSベツレヘム修道会は、日本において正式に設立された創作・文化共同体であり、
その使命と理念は、従来の宗教団体のあり方とも、単なる文化活動団体のあり方とも、
一線を画しています。

本稿では、修道会の根本的な理念、現代社会における宗教芸術の役割についての
認識、そして私たちが担うべき使命について、公式の立場から詳しく述べます。

私たちの目標は、ひとことで言えばこうです。

「文化という枠の中ではなく、
 宗教と神と愛という枠組みの中で作品をつくること。」

この一文に、ベツレヘム修道会の創作活動の存在理由のすべてが凝縮されています。
以下、その意味するところを丁寧に解き明かしてまいります。

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第一章 現代社会における宗教の危機――過疎化と神の不在
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現代社会において、多くの国や地域で深刻な過疎化が進行しています。
農村は空洞化し、地方の共同体は崩壊の一途をたどっています。
この現象は単なる人口移動の問題ではありません。
私たちはここに、より根本的な精神的危機を見ます。

人類の長い歴史において、農作物の栽培、土地の耕作、季節の循環に従った生活は、
単なる経済行為ではありませんでした。それは、目に見えない大いなる力への畏敬、
自然の恵みへの感謝、そして神との生きた関わりを内包した、
原初的な宗教的営みそのものでした。

土を耕すことは、神に仕えることでした。
種を蒔くことは、神への信頼の行為でした。
収穫を祝うことは、神への礼拝でした。

しかし、機械化と現代科学の急速な発展は、この原初的な神との関わりを
私たちの日常生活から切り離してしまいました。農業は産業となり、
自然は資源となり、季節は単なる気候データとなりました。人々は土地を離れ、
都市へと集中し、かつて地域の宗教的共同体を支えていた生活基盤そのものが
失われていきました。

その結果、地方の神社は維持者を失い、農村の教会は閉鎖され、
地域のお寺は後継者のいない廃寺となっています。
これは建物の問題ではありません。それは、神と人とをつなぐ場所が消えていく
ということであり、地域共同体の霊的な中心が失われていくということです。

ベツレヘム修道会は、この危機を深刻に受け止めています。
私たちはこの問題に対して、創作・芸術の力によって応答しようとしています。

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第二章 「文化としての宗教芸術」を超えて――創作の精神的根拠
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地域の過疎化や宗教施設の衰退に対して、これまで多くの取り組みが
行われてきました。地域の祭りを観光資源とする試み、伝統文化の継承活動、
芸術祭の開催――こうした活動が全く無意味であると言うつもりはありません。
しかし、これらはすべて「文化」という枠組みの中での取り組みです。

「文化としての宗教芸術」と、「宗教と神への真摯な奉仕として制作される芸術」は、
本質的に異なります。

文化としての宗教芸術は、保存されるべき遺産です。
観察され、記録され、展示され、鑑賞されるものです。
しかし、信仰の眼をもって制作された宗教芸術は、
礼拝の場に置かれることによってはじめてその使命を果たします。

本会の創作活動が求めるのは、後者です。

私たちは宗教法人でも教会でもありません。しかし私たちの作品は、
「文化的モチーフとしての宗教」を扱うのではなく、
神への畏敬・人への愛・聖なるものへの誠実さを根拠として制作されます。
この精神的立場が、本会の創作活動を単なる宗教モチーフのアート制作から
区別するものです。

私たちが求めるのは、旧思想の創生です。
これは過去への逃避ではありません。近代以前の人類が持っていた、
神と自然と人間の根源的な結びつきの再発見です。
科学は世界の仕組みを解明しますが、世界の意味を語ることはできません。
意味を語るのは宗教・哲学・芸術の領域です。
私たちはその領域において、現代に生きる新しい形の創作共同体として歩んでいます。

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第三章 ベツレヘム修道会の使命――現代デジタル技術と宗教芸術の融合
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では、この精神的立場のもとで、ベツレヘム修道会は具体的に何をするのか。
ここに、私たちの使命の核心があります。

私たちの認識はこうです。
教会やお寺や神社に対して、現代デジタル技術と科学技術の配当が必要である、と。

「配当」という言葉を使うことには、意図があります。現代の科学技術と情報技術が
生み出した豊かさの多くは、宗教的共同体には還元されてきませんでした。
ならば、テクノロジーの恩恵は、宗教の場にも積極的にもたらされるべきです。
それは均衡の回復であり、そして宗教的共同体が現代に生き残るための
実践的な手段です。

ベツレヘム修道会は、この信念のもと、以下の活動を推進します。

■ PC技術を用いた音楽制作――作曲・編曲・宗教音楽の創造

音楽は、古来より宗教的体験の中心にあり続けてきました。グレゴリオ聖歌は
カトリックの祈りの場に深みを与え、雅楽は神道の祭儀を支え、声明は
仏教の読経の場を厳かにしてきました。

ベツレヘム修道会は、現代のDAW(デジタル音楽制作技術)を活用した
作曲・編曲活動を通じて、教会・神社・寺院のための現代宗教音楽を制作します。
伝統を否定するのではなく、伝統の精神を現代の音楽言語で表現し直すことです。
新しい賛美歌、新しい奉納音楽、新しい礼拝のための音楽的素材を生み出し、
宗教的な場に豊かさをもたらします。

■ デジタル作画による神聖イラスト・教会絵画・神社絵画の制作

視覚芸術もまた、宗教的体験において不可欠の役割を担ってきました。
イコン画は東方教会の祈りの焦点であり、仏画は仏教の教えを視覚的に伝え、
神社の絵馬や社殿の装飾は日本の宗教的感性を形成してきました。

ベツレヘム修道会は、現代のデジタル作画技術を用いて、
神の姿、聖なる場の情景、信仰的な象徴を描く作品を制作します。
これらは信仰の眼をもって描かれ、礼拝の場に奉納されることを念頭に置いて
制作された宗教的視覚芸術です。

■ 無償の寄付・奉納活動――修道会から宗教共同体へ

ベツレヘム修道会の活動の最も重要な特徴の一つがここにあります。
私たちは、制作した音楽作品・視覚芸術作品を、
他の修道会、教会、寺院、神社に対して無償で寄付し、奉納します。

これは慈善活動ではありません。これは使命です。
私たちが作品を制作するのは、販売のためではなく、
宗教的共同体全体の豊かさのためです。
一つの創作共同体が持つ技術と創造力が、別の宗教共同体の礼拝と祈りの場を
豊かにするとき、そこに宗教的連帯が生まれます。
それは宗教の壁を越えた、神への奉仕の連鎖です。

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第四章 なぜ日本でなければならないのか――ベツレヘム修道会の唯一性
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この使命を担うことができるのは、なぜベツレヘム修道会でなければならないのか。
そしてなぜ、それは日本生まれの団体でなければならないのか。

イタリアには、長い修道院の伝統があります。
フランスには、深い神学的な思想の蓄積があります。
アメリカには、強大な宗教的組織力があります。
スペインには、情熱的な信仰の歴史があります。
中国には、数千年にわたる精神的伝統があります。

しかしそれぞれの国が背負う宗教的・文化的・政治的な歴史的背景は、
これらの国の団体が、宗教を超えて、キリスト教・仏教・神道を同等に尊重しながら、
現代デジタル技術を通じて普遍的な宗教芸術を制作し、
無償で世界中の宗教共同体に届けるという活動を行うことを、
構造的に困難にしています。

イタリアやスペインのカトリック系団体が、日本の神社のための作品を
制作し奉納することには、神学的・文化的な壁があります。
アメリカのプロテスタント系団体が、仏教寺院のための音楽を制作することには、
歴史的な文脈からくる摩擦があります。

日本は異なります。日本は、神道・仏教・キリスト教が長い歴史の中で共存し、
互いに影響し合いながら存在してきた、世界でも稀有な宗教的土壌を持つ国です。
日本人の宗教的感性は、特定の教義への排他的な帰属よりも、
聖なるものへの開かれた畏敬に根ざしていることが多い。
この土壌からこそ、宗教の垣根を越えた普遍的な宗教芸術の創作活動が生まれ得ます。

さらに、日本は世界有数のデジタル技術・音楽制作技術・視覚芸術の水準を持つ国です。
この技術的な蓄積と、固有の宗教的包容性とを組み合わせることができるのは、
日本生まれの創作共同体だけです。

世界で唯一、この使命を担うことができるのは、日本で生まれたベツレヘム修道会です。
私たちはこの認識を、驕りではなく、召命として受け取っています。
召命とは、選ばれた者の特権ではなく、課せられた責任です。
私たちはその責任の重さを深く自覚した上で、この道を歩んでいます。

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第五章 愛という根拠――なぜ「ベツレヘム修道会」なのか
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私たちの活動の根拠は、愛です。
宗教の衰退を憂えるからではありません。
文化的危機への危機感からでもありません。
ただ、神を愛し、人を愛するがゆえに、この活動をしています。

神のために作品をつくるということは、愛の行為です。
その作品を、会ったことのない別の修道会や神社やお寺に
無償で届けるということは、愛の行為です。
過疎化に苦しむ地域の宗教共同体が、新しい音楽と絵画によって
祈りの場の豊かさを取り戻すことを願うことは、愛の行為です。

ベツレヘムとは、イエス・キリストが生まれた地の名です。
その名を修道会の名として選んだとき、私たちは一つのことを宣言しました。
私たちの活動の起点は、神が人となって生まれたあの出来事――
神の究極の愛の自己開示――に置かれている、と。

あの夜、ベツレヘムの飼い葉桶の中に生まれた者は、
宗教的な権威のある場所ではなく、最も小さく、最も辺鄙な場所に来ました。
私たちもまた、華やかな文化の中心ではなく、
過疎化した農村の小さな神社に、
廃寺の危機に瀕した古いお寺に、
信徒の減った地方の教会に、
私たちの作品を届けたいと思っています。
それが、ベツレヘム修道会の名に込められた意志です。

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おわりに
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ベツレヘム修道会は、まだ歩み始めたばかりの創作共同体です。
私たちの力は小さく、資源は限られています。しかし、使命の明確さと、
愛という根拠においては、揺らぐことなく立っています。

私たちは宣言します。

文化という枠の中ではなく、宗教と神と愛という枠組みの中で作品をつくる。
現代デジタル技術を神のために用いる。
教会にも、お寺にも、神社にも、技術の恩恵を届ける。
それを、日本から、世界へ。

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【重要な補足】
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本声明に記された「宗教」「神」「愛」「使命」への言及は、
本会の創作活動を貫く精神的・哲学的・美学的な枠組みを表したものです。

本会は宗教法人ではなく、信者向けの宗教的サービス(ミサ・秘跡・宗教的礼拝)を
提供する機関でもありません。本会はバチカン(ローマ教皇庁)をはじめ、
いかなる既存宗教組織にも公認・承認されていない、
独立した民間の創作・文化活動団体です。

実際の礼拝・ミサ・洗礼・告解などを必要とされる方は、
最寄りのカトリック教会・プロテスタント教会・東方正教会など
正式な宗教機関へお問い合わせください。

この使命に共鳴される方々の祈りと支援を、心よりお願い申し上げます。

IHSベツレヘム修道会 一同

E-mail: 1225@ihs.church
Tel: 070-1564-1207
Web: www.betlemme.org

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。」(ヨハネ 3:16)

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IHSベツレヘム修道会

IHSベツレヘム修道会――愛のベツレヘム修道会――は、日本に生まれた小さな修道会です。 バチカンの公認には属さず、旧カトリック・独立教会の流れを汲みながら、アメリカ合衆国の宗教法人として正式に登録されたこの会は、ひとつの静かな問いから始まりました。神のために、何かを作ることができるだろうか。 典礼を守り、祈りを重ね、そして――作ること。 それが、この修道会が選んだ奉仕の形です。 DAWによる作曲・編曲、デジタルによる聖画や宗教絵画の制作。作られたものは売られることなく、ただ神の御前に、あるいは教会へ、寺院へ、神社へと、静かに届けられます。これを私たちは「献作」と呼んでいます――神のために作り、神のもとへ帰すという、祈りの延長としての創作です。 日本という場所には、神道・仏教・キリスト教が長い年月をかけて静かに共存してきた、世界でも珍しい土壌があります。この修道会が宗教の垣根を越えてあらゆる祈りの場へ奉仕できるのは、その豊かな土地に根ざしているからかもしれません。 宗教の危機を文化や芸術で「解決」しようとする動きが増えるなか、この会はそこに与しません。宗教は、宗教によってのみ支えられる。 そう信じながら、現代のデジタル技術を神への奉仕のために用い、日本から世界へ、ひとつひとつの献作を積み重ねています。

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